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東京高等裁判所 昭和28年(う)3446号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 竹入貞人 弁護人 高橋泰雄 外七名

検察官 司波実

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁こ一年に処する。

原審において生じた訴訟費用は全部被告人の負担とする。

被告人の本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の検事大久保重太郎作成名義及び弁護人高橋泰雄同古山貞三同奥田三之助同公文貞行同宮坂興静同森鋼平同丸目美良同桑山重雄作成名義の控訴趣意書と題する各書面及び弁護人高橋泰雄同森鋼平連名作成名義の控訴趣意補充書と題する書面記載のとおりであり、検事の控訴趣意に対する答弁は、弁護人森鋼平作成名義の控訴趣意答弁書と題する書面及び弁護人田中伊三次同田中康道連名並びに弁護人高橋泰雄同古山貞三同奥田三之助同公文貞行同宮坂興静同桑山重雄同丸目美良連名作成名義の答弁書と題する各書面記載のとおりであつて、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

検事控訴趣意第二点について。

然し乍ら、刑事訴訟法第三七八条第三号に所謂「事件」とは特定の被告人に対する特定の犯罪事実、換言すれば特定の被告人に対する訴因として法律的に犯罪構成要件に当てはめられた具体的事実そのものを意味するものであつて、訴因たる事実以外の事実はこれを包含しないものと解すべきを相当とする。されば起訴状に仮に公訴事実として記載せられた場合においても、法律的に構成された犯罪構成要件たる事実に該当しない事実である以上これを以つて同条に所謂「事件」と謂うことを得ないのは極めて当然である。

飜つて本件について観るに、本件起訴状に、その公訴事実として「被告人は昭和二八年四月一九日施行の衆議院議員選挙に際し、埼玉県第一区より立候補(当選)した同議員候補者福永健司の選挙運動を総括主宰し、且つ同年三月二三日出納責任者に選任せられた者であるが、右候補者に当選を得しめる目的で………云々」と明記し、本件被告人が選挙運動を総括主宰した者であつた事実を記載してあつたのに対して原判決は罪となるべき事実として単に「被告人は昭和二八年四月一九日施行の衆議院議員選挙に際し、埼玉県第一区より立候補(当選)した同議員候補者福永健司の出納責任者に同年三月二三日選任せられたものであるが右候補者に当選を得しめる目的を以て………云々」と摘示しているのみであつて被告人が福永健司の総括主宰者であつたか否かについては全く触れるところがないこと洵に所論のとおりである。かかる場合即ち被告人が選挙運動の総括主宰者であつた事実が、本件被告人の公職選挙法違反罪の構成要件たる事実に該当するか否かを審究するに、本件の如き買収犯罪について規定した公職選挙法第二二一条によれば、行為者(犯人)の地位、資格等につき何等制限していないこと法文上洵に明らかであるのみならず、同法の何処にも有権者が選挙運動の総括主宰者であることを要件とする趣旨を窺うに足る規定は一も発見することができない。果して然らば被告人が選挙運動の総括主宰者であつたとの事実についての本件起訴状における公訴事実の記載は、訴因たる事実に該当しないものと謂うべく、従つてこれを以て刑事訴訟法第三七八条第三号に所謂「事件」と謂うことができないのは極めて当然であつて、原判決が此の点につき審判しなかつたとしても毫も違法の廉あることなく論旨は採用の限りでない。所論によれば、被告人が選挙運動の総括主宰者であることが、仮に訴因たる本件犯罪構成要件たる事実に該当しないとしても、之と密接不可分の関係にある重要の事実であるから同条に所謂「事件」としての事実の中に包含され、従つて亦審判の範囲に属する旨主張する。なるほど公職選挙法を一瞥すると、選挙運動を総括主宰した者が同法第二二一条乃至第二二三条の二の犯罪を犯し刑に処せられた場合に関し候補者等に法律上別個の効果を生ずべき規定が多々存在し(例えば同法第二一一条第二二〇条第二五一条第二五四条の如き)、これが法条を仔細に検討すれば、選挙運動を総括主宰した者の違反である場合には、行為者以外に対して重大な影響を及ぼすものであることを知ることができる。然し乍ら、此のことたるやその行為者が選挙運動の総括主宰者たる地位の重要性に基く特別規定の結果に過ぎないのであつて、それだからと云つてこれを以つて犯罪構成要件たる事実と同一視することは到底出来ない。

畢竟所論は独自の見解に基くものであつて採用し難くこの点の論旨はその理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)

検察官の控訴趣意

第二点原判決は審判の請求を受けた事件について判決をしない違法があり破棄せらるべきものと思料する。即ち検察官は公訴事実として「被告人は昭和二十八年四月十九日施行の衆議院議員選挙に際し埼玉県第一区より立候補(当選)した同議員候補者福永健司の選挙運動を総括主宰し、且つ同年三月二十三日出納責任者に選任せられた者であるが右候補者に当選を得しめる目的で………云々」と明記し本件被告人が選挙運動を総括主宰した者であつた事実についても審判を請求したことは起訴状自体により明白である。然るに原裁判所はこの点を遺脱し「罪となるべき事実」として単に「被告人は昭和二十八年四月十九日施行の衆議院議員選挙に際し埼玉県第一区より立候補(当選)した同議員候補者福永健司の出納責任者に同年三月二十三日選任せられたものであるが右候補者に当選を得しめる目的を以て………云々」と摘示しているのみであつて被告人が候補者福永健司の総括主宰者であつたか否かについては全く触れるところがないことは原判決により明白である。原審は被告人が福永候補の総括主宰者であつたか否かについては、これを肯定もしなければ否定もしていないのであるからこの事実については何等の審判もしなかつたものと謂うべきである。

(1)  (イ)刑事訴訟法第三九七条第三七八条第三号は「審判の請求を受けた事件について判決を」しなかつた場合には原判決を破棄すべき旨を規定している。思うに、刑事訴訟法に所謂「事件」とは「被告人」及び「公訴犯罪事実」を指していることは言う迄もないところであり、「公訴犯罪事実」とは構成要件に該当する具体的事実を意味するものであることは明らかである。しかも現実の審判の対象なるためにはその事実を訴因として法律的に構成されることを必要とするところで刑訴法第三七八条第三号に所謂「事件」とは、訴因として構成された公訴事実それ自体のみを指すものであろうか、換言すれば犯罪事実としての「事件」とは、訴因として法律的に構成された特別構成要件に該当する具体的事実そのもののみを意味するものと解すべきであろうか、この点に関しては訴因以外の事実も亦所謂「事件」の中に包含されることがあると解すべきであろうか、この点に関しては訴因事実以外の事実も亦所謂「事件」の中に包含されることがあると解するのが妥当である。訴因たる事実には属さないが訴因たる事実と密接不可分の関係にあり、しかもこれと基本的に重要な関係を有する事実も亦此処に謂う事件としての事実の中に、包含されるものと解せられるのである。訴因は、公訴犯罪事実を法律的に構成したものであり、公訴事実は訴因の背後に存する社会的生活事実である。而して社会的生活事実としての公訴事実と密接不可分の関係に立ち、しかもこれを基本的に重要な関係を有する特定の事実は、或る場合には法律的評価において公訴事実と同一の価値を与えねばならぬ重要性を持つことがある。全法律秩序の根本理念を基盤として考察するときに公訴事実以外の事実であつても前述のようにこれと密接不可分の関係に立ち、しかも相互に基本的に重要な関連性を有する場合には右事実の存否は、公訴事実の存否と同一の法律的評価を与えられて然るべきである。そのような事実の存否は公訴事実の存否と全く同様に公共の福祉の維持と国民の基本的人権の保障とに至大の関係を有するものであるからである。このように理解するならば右に述べたように訴因たる事実以外の事実であつても、訴因たる事実と密接不可分の関係に立ち、しかもこれと基本的に重要な関係を保有する社会的事実は、刑事訴訟法第三七八条第三号に所謂「事件」としての事実に包含されると解すべきである。従つて検察官が訴因事実と共に右の事実をも起訴状に明示した場合には判決裁判所は右の事実の存否についても判決を下すべきことは当然事理に属するものと謂はなければならない。従つて、若し判決裁判所が右の事実については何等の判決も為さなかつた場合には、訴因事実に関しては判決をなさなかつた違法ありと解すべきものと信ぜられるのである。(ロ)そこで更にすすんで「被告人が総括主宰者であつた」事実は、前述したところの刑事訴訟法第三七八条第三号に所謂「事件」としての事実に該当するものであるか否かの点について考えてみよう。公職選挙法に所謂「選挙運動を総括主宰した者」とは、或る公職の候補者のためにその選挙運動の中心となつて選挙運動全般を総括支配する権限を有していた者を謂うと解すべきである。而して、総括主宰者が買収等の特定の選挙犯罪を犯して刑に処せられたときには、当該候補者の当選に関しても重大な影響を与えることとなり得るのであつて、公職選挙法は、右の場合、当該候補者の当選を無効であるとして当選無効の争訟を提起し得るものとしており、更に右争訟の結果は、場合によつて、再選挙の事由ともなることを規定している。即ち公職選挙法第二百五十一条第一項は「当選人がその選挙に関し本章に掲げる罪(第二四五条第二四六条第二号第九号まで第二四八条及び第二四九条の罪を除く)犯し刑に処せられたときはその当選を無効とする。選挙運動を総括主宰した者が第二二一条第二二二条第二二三条又は第二二三条の二の罪を犯し刑に処せられたときもまた同様とする」と規定し同法第二五四条は「選挙運動を総括主宰した者が第二二一条第二二二条若しくは第二二三条の二の罪を犯し刑に処せられたとき、………は………裁判所の長はその旨を自治庁長官に通知し且つ参議院全国選出議員の選挙については中央選挙管理委員会、この法律に定めるその他の選挙については、関東地方公共団体の長を経て、当該選挙に関する事務を管理す選挙管理委員会に通知しなければならない………」と規定し、同法第二一一条は「選挙運動を総括主宰した者が第二二一条第二二二条第二二三条亦は第二二三条の二の罪を犯し刑に処せられた為第二五一条第一項後段の規定により当該当選人の当選を無効であると認める選挙人又は公職の候補者は、当選人を被告としその裁判確定の日から三十日以内に高等裁判所に訴訟を提起することができる」と規定している。更に同法第二二〇条は「一、第二〇三条、第二〇四条、第二〇七条又は第二〇八条の規定による訴訟が提起されたときは、裁判所の長はその旨を自治庁長官に通知し且参議院全国選出議員の選挙については中央選挙管理委員会、この法律に定めるその他の選挙については関係地方公共団体の長を経て当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に通知しなければならない。その訴訟が継続しなくなつたときも又同様とする。2第二一〇条第二一一条又は第二一二条の規定による訴訟が提起された場合においてその訴訟が継続しなくなつたときもまた前項と同様とする………」と規定し、同法第一〇九条及第一一〇条は衆参両議員の選挙について同法第二一一条(選挙運動総括主宰者の選挙犯罪の場合)の規定による訴訟の結果当選人の当選が無効となつたときには再選挙を行うべきこともあり得ることを規定しているのである。なお、又同法第二五三条の二によれば「選挙運動を総括主宰した者に係る第二二一条第二二二条若しくは第二二三条の二の罪に関する刑事々件については訴訟の判決は事件を受理した日から百日以内にこれをするように努めなければならない」とされている。公職選挙法がこのような規定を設けている趣旨は、選挙運動を総括主宰する地位にある者が、その選挙に関し、自ら買収犯罪等の特定の選挙犯罪を犯すようではその選挙運動は全体として不法性を帯びているものと断ぜざるを得ないのであつてそういう不法な選挙運動に依つてかち得た当選は当選人としてその効果を享受せしむべきではないとすることにある。斯のようにして総括主宰者たる者が、特定の選挙犯罪を犯して刑に処せられたときには、単にその総括主宰者であつた個人が刑事責任を負担するに止まらず、当選人の当選の効力をも左右することとなるのであるから総括主宰者たる者の選挙犯罪は単に総括主宰者であつた当該個人の刑事責任の問題に止まらず、直接には当選人の地位を、延いては国民の参政権にも直接重要な影響を及ぼすものである。それ故に特定の個人が買収等の特定な選挙犯罪を犯して刑に処せられた場合、その個人が総括主宰者であつたと云う事実は法律的に極めて重要な意義をもち、訴因の事実と同等の法律的評価を与えられて然るべきものと謂うことができるのである。そうであるとすれば、買収等の選挙犯罪に問われている或る被告人が総括主宰者であつた場合その買収等の訴因事実となる社会的生活事実と総括主宰者であつたと云う社会的生活事実とはまさに密接不可分の関係に立ちしかも相互に基本的に重要な関係を有していると謂わなければならないのであるから当該被告人が「総括主宰者であつた」と云う事実は正しく刑訴法第三七八条第三号に所謂「事件」としての事実に包含されるものと解するのが妥当である。然らば検察官が特定被告人を特定候補者の「選挙運動を総括主宰した者」と認定して、起訴状にこれを明示して公訴事実を起訴した場合には、判決裁判所は当然この事実についても判決をしなければならないものと謂うべきである。(ハ)なお、飜つて公職選挙法特有の問題について考えてみよう。当選した特定候補者の総括主宰者であつた特定被告人が買収等の選挙犯罪に依つて刑に処せられた場合、当該選挙の候補者又は選挙人が右当選人の当選無効の訴訟を提起しようとしても当該被告人に対する刑事判決において右被告人が「総括主宰者であつた事実」が明示されていなかつたならばこれらの者はその事実を諒知する機会を殆ど与えられないことになる。公開の法廷で言渡された刑事判決において、この点が明示されていてこそ事実上、一般の選挙人や候補者は右の事実を諒知することができるのである。前述した裁判所の長の選挙管理委員会の通知は、単に官公署内部間の手続にすぎないのであつて、事実上これに依つて一般人が右の事実を諒知することは殆んど不可能である。しかも裁判所の長の前記通知がなされる前提として刑事判決において「被告人が総括主宰者であつた事実」が認定されていなかつたとするならば、裁判所の長は如何なる根拠に基き当該被告人を総括主宰者と認定してこれを通知することになるか、即ち裁判所の長は選挙犯罪の特定被告人が総括主宰者であるかも知れないと恣意的に思考してその刑事々件記録を閲覧し恣意的に当該被告人を総括主宰者であつたと認定して前記の通知をなすこととなるとでも云うのであろうか、然し乍ら斯様な所論は到底是認することができないことは極めて明白である。或は又当該判決をした裁判官が単に任意的に自己の所属する裁判所の長に対して「当該被告人が総括主宰者であつたと認められる」と進言すれば足りると解すべきであろうか、然し乍ら当該被告事件が控訴又は上告により上級裁判所に繁属した場合を考えれば事実の取調をしない上級審の裁判官が、「当該被告人が総括主宰者であつた事実」を認定する機会は、法律上あり得ないわけであるから右裁判官は合理的に右の「進言」をすることができないわけである。従つて、法律を統一的に解釈する以上は右の「進言」で足りるとする所説も到底肯任することができない。斯くして右に述べたところ並びに(ロ)において述べたところを綜合考察すれば「総括主宰者たる事実」は、公職選挙法の建前として、当然判決において判断をなさねばならない事実でもあると思料される。即ち、当該被告人が総括主宰者として起訴されたときその事実の有無につき判決において判断をなすことは公職選挙法の要求するところであると謂うべきである。叙上の如く孰れより観ても当該被告人が総括主宰者であるとして起訴された場合には裁判所は訴因について判決すると同時に総括主宰者たる事実の存否についても判決しなければならないことは疑いを容れる余地がないと謂わなければならない。

(2)  そこで本件被告人が果して総括主宰者であつたか否かを適法に証拠調をした証拠に基いて考察してみることとしよう。(イ)被告人の検察官に対する自白調書中、被告人が福永候補の選挙運動を総括主宰した者であつた旨の供述記載がある外小松利忠、力丸俊男、花岡忠義、高橋優、松沢藤一郎、中村弥太郎、岡田介三郎、及び福永健司の検事に対する各供述調書中これに照応する供述記載のあること。(ロ)被告人の司法警察員、検事に対する自白調書及び本田稔外十一名の検事、又は司法警察員に対する供述調書に依れば、被告人が買収費として、供与、交付した金員は本件選挙に際して中央産業株式会社本田稔外十一名から福永候補の選挙費用名義を以つて寄附された合計八十九万円の中から支出されているものであつて右金員は孰れも被告人に対して手交されていること。(ハ)被告人の司法警察員、検事に対する自白調書及び福永健司、力丸俊男の検事に対する各供述調書に徴すれば、被告人が前記金員の寄附を受けた事実を他の何人にも報告等をしたことがなく且つ、これを自ら補助者力丸俊男に保管させておき、しかも自ら独断で原判決認定の通りその大部分を買収費として使用し、その残金も殆ど全部(僅かに六千円を残すのみ)を選挙運動期間中に自己の運動諸雑費、身廻品費等に費消してしまつた事実が明らかであること。以上の各証拠によつて被告人が総括主宰者であつたことは明白にこれを認めることができるのである。ところで原審公判調書に依れば、原審公判廷において、被告人を初め証人として出廷した者は孰れも被告人が総括主宰者であつたことを否認していることが認められる。然しながら、右各証人の証言内容は孰れも寔に曖昧であつて首尾一貫せず、しかも極めて不自然なところが多い、これに対し、前叙の証拠はその内容が首尾一貫して筋道が立つており、何人をも首肯せしめるに足るものがある。右証言内容はこれを比較考量するときには到底措信することができないことは明瞭である。そうであるとすれば被告人が福永候補の総括主宰者であつた事実は証明十分であると謂わなければならない。斯くして検察官は本件被告人か総括主宰者であつた事実についても訴因事実と共に判決を要求したのに拘らず、この事実については何等の判決もしなかつた原裁判所は正しく審判の請求を受けた事件について判決をしなかつたものであると断ぜざるを得ないのである。原判決はこの点においても到底破棄を免れないものであると確信する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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